雨女と晴れ男


太陽の神子殿
 はじめまして、雨の神子のレイと申します。
 突然のお便り、ごめんなさい。もしかしたら何度かお手紙を頂いたでしょうか。今日まであなたという人がいることを全く知らせてもらえませんでした。私付きの神官たちは心配性だから、私と誰かの接触に対して慎重なんです。そのことで彼女たちのことを責めたりしないであげてください。
 いつもは話さえ聞かないあなたのお手紙の存在を、昨日はたまたま知ったのです。神官たちと話し合って、あなたに手紙を書く許可をもらいました。ああ、でも何から話したらよいのでしょう。今回のお手紙は残念ながら処分されてしまったので、あなたが何を書いてくださったのかわからないのです。
 ひとまず、きちんと自己紹介をさせていただきます。先ほども書きましたように、私の名はレイといいます。この手紙は、大神殿から南へずっと行った、大陸の端から書いています。
 ご存じでしょうが、私は雨の神の加護を受けていて、私のいる場所にはいつも雨が降っています。だから、干ばつのひどい土地を巡る旅をしています。あまり長く滞在すると、今度は水が多すぎて悪影響だから、一つの土地には長く居られません。ずっとぐるぐると大陸内を回っています。
 どうしてこんな境遇になったかというと、私の両親の住む土地が日照りに悩んだからです。どれほど祈っても、雨は降りませんでした。そこで、そこに住まう人々は雨の神様に誓いを立てました。もしも恵みを賜りましたら、今度われらに生まれた子供をあなた様に差し上げます、と。その直後、雨はざあざあと降り、その三日後に私が生まれました。
 雨の神は、常に人間界に住まう私を天上界から見守ります。だから、私の周りはいつも雨なのですよ。私はすぐに神殿に引き取られ、こうして水に恵まれない人々のために旅をすることになったのです。
 私みたいな人が他にいるとは思いませんでした。太陽の神子がいたなんて驚きです。お話を聞きましたが、あなたがいる場所はどんなところでも晴れてしまうのですってね。二人が接触すれば何が起きるからわからないから、神官たちは近づけることを恐れたと言っていました。でも、手紙なら何とか許してもらえてよかったです。
 何度も言ってしまいますが、私にはいつも雨が降り注ぎます。私にとって空は灰色で、雲と雨と雷くらいしか存在しないのです。けれど、一回だけ、私は青空というものを見たことがあります。いつだったか、地平線のすぐ上の雲が途切れて、水色の空が見えました。私、初めて雲の向こうの空を見ました。とっても綺麗で、その色をいつも身につけています。
 太陽の神子様は、あの色でいっぱいになった空をいつも見ているのでしょうね。うらやましいです。もちろん、雨の世界も素敵なのですが。
 こうして自分のことばかり書いてしまいましたが、太陽の神子様もまたお手紙を書いてくださいませんか。あなたのことをもっと知りたいです。晴れた世界のお話や、あなたがどんな風に過ごしてきたのか教えてほしいです。お返事をお待ちしています。
                                                      雨の神子 レイ


雨の神子殿
 便りが届いたようでよかった。僕のほうはずっと前からあなたのことを聞いていました。あなたほどではないですが、僕もあちこちを旅しています。その際、あなたの評判を耳にするのです。みな、とても感謝していました。それで、僕はお手紙を差し上げた次第です。あなたが気に病むほど出したり、深刻な状況ではないのでご安心ください。
 もしかしたら意外かもしれませんが、太陽の神子はなかなか地味です。晴れるっていうのはけっこう普通のことなので(他の大陸については知りませんが)、勝手に晴れたと思う人もいるほどです。それでも、困っている人々を救えるのだからいいのですけれどね。僕らの存在はとても意味のあるものだと思っています。
 そうそう、名乗り忘れました。僕はアレンといいます。確か、神官長が名づけてくださったのかな。年はあなたよりも二つほど年上です。僕も、一年中寒くて凍えた年に神へささげられた子供です。同じ境遇ですね。神は案外みんな単純なのかもしれません。
 太陽の加護のおかげで、僕はいつも晴れ空の下にいます。その代わり、雨を見たことがありません。けれど、雨上がりの世界を知っています。泣いたあとってすっきりするでしょう? 空もそうらしいです。時々虹がかかっていて、透き通ったような感じになります。だから、僕はあなたに感謝しています。雨の神子なしでは生まれない風景だと思いますから。
 僕は晴れの世界が好きなので、たくさんあなたに伝えたいと思いますが、言葉にするのが大変下手です。なので、絵を描いて送ろうかと思います。とりあえず、僕が最近一番印象的だった虹の風景を同封します。雨のあと、時々こんなに美しいものが空にできるんです。いつか、本物を見せてあげたいのですが、ひとまずこの下手な絵で我慢してください。
 そして、僕にも雨の風景を教えてください。雪が降る様子も、雷の音も、雨がどんなふうに降るのかも知らないのです。絵でも言葉でも、とにかく僕の知らない世界を同じように教えてください。
 最後に。僕は堅苦しいのは嫌いです。この手紙のように改まった文章を書くのは一苦労です。今度からはもう少し親しげな文体でもいいでしょうか。それと、あなたのことはレイと呼ばせてください。僕のことはアレンでいいので。それでは。
                                                      太陽の神子 アレン


アレン様
 本当にお手紙が届いたのですね! 感激のあまり、少し泣いてしまいました。
 私も、もっとあなたと仲良くなりたいので、どうぞご自分の心のままの言葉でお書きください。それと、ぜひレイって呼んでください。私もおそらく神官長から頂いた名前なのでしょうが、せっかくあるのに誰も呼んでくれないのです。あなたがこの名前を使ってくれるならうれしいです。
 綺麗な絵をどうもありがとうございました。恥ずかしいのですが、きちんとした虹の姿を初めて知りました。こんなに綺麗なものが世の中にはあるのですね。青い空も美しいので、お付きの者に頼んで額に入れてみました。心が浮き立ちます。ときどき辛い旅もあるのですが、これを見ると頑張れそうな気がします。
 雨の風景ですか……。私にとって雨は当たり前のもので、そうですね、パンで言うところの粉です。変な例えでしょうか。どう説明しましょう。
 天から降る雨は、考えてみれば不思議なものです。雲からにじみ出るように降ることもあれば、桶をひっくり返したように降ったりもします。アレン様のように絵で示したいのですが、うまくいきません。
 ひとまず普通の雨は、大きな器に水を入れ、ところどころに穴をあけるとそれらしいかと思います。要は、雫の勢いと水の落ちかたです。天高くからそこここへ下りるのだからとても素早く、それはすべて一滴ずつなのです。すべて一本の筋みたいに流れ落ちっぱなしではいけません。穴を調節すれば、きっとそれらしくなると思います。
 せっかく素敵な絵を下さったのに、私のほうはうまく説明できなくてごめんなさい。次までに絵の練習をしたいと思います。
 ずうずうしいとは思うのですが、また晴れの世界の絵を頂けたらうれしいです。私、あなたの絵が好きです。
                                                      雨の神子 レイ


レイへ
 返事ありがとう。こうしてやり取りできるなんて夢のようだ。
 さっそく砕けた口調で手紙を書くことにした。君も、もっと畏まらないでいい。そうだな、一番親しい人に話すように……こんな風に言う僕こそずうずうしい気がしてきた。とにかく、僕は君と対等でありたいんだ。
 申し訳ないが、パンで言うところの粉という箇所で大笑いをしてしまった。世話役の神官にとても怒られてしまうくらいにね。彼は、もっと神子らしくっていつも言ってくるんだ。僕はあまり威厳がないから、君を見習ってってさ。
 確かに、君にとって雨は当たり前なんだね。悪かった、もっとちゃんと質問を考えるべきだったんだ。でも、君の手紙に書いてあった通りに、やってみたよ。器に水を入れて、穴をあけるやつ。雨を見たことのある神官に監修してもらって、窓にとりつけたんだ。うん、なかなかいい。涼しげで気に入った。
 さて、次は何を描こうか考えていたんだが、今は夕焼けがとても綺麗なんだ。だから、これを描いて送ることにする。知っていたら、これ以降の文章は少し読み飛ばしてくれ。太陽が傾くと、青い空に黄金の光って組み合わせが変化する。それが、朝と夕。太陽が地平線に隠れると夜だね。
 朝と夕は太陽が赤みを帯びて、空も赤や黄色に染まるんだ。僕はどちらかというと、朝のほうが気分がいいから朝焼けが好きだな。でも、なかなか早く起きられないから、夕焼けばかり見ている。よって、この絵も夕方だ。
 青だけでなく、赤もとても綺麗なんだ。いつか、君に見せたい。なかなか叶わないだろうけど。僕と君は似ている。僕もまた、君にどう教え教えられたらいいのかわからない。何か見たいものがあったらとにかく言ってほしい。僕は……そうだな。その、どしゃ降りの雨が知りたいな。今回みたいに、どうすれば体験できるのかを教えてくれると大変ありがたい。
 旅は大変だろうけど、頑張って。君の励みになるなら、僕は何千通でも手紙を書くよ。
                                                      太陽の神子 アレン


アレン様
 畏まらない文章を書くのって骨が折れます。周囲の神官たちに語るのと同じような口調にするのが精いっぱい。これでいいかしら?
 今度の絵も、とても気に入りました。大切に持ち歩いていたら、みんなが綺麗だって言ってくれて、自分が描いたわけでもないのに誇らしくなりました。夕日という言葉は知っていたけど、こんな風になるのですね。私のほうは、気がついたら夜になってしまいます。そういえば、夜は星や月が見えるそうですね。厚意に甘えてばかりですが、どんなものなのか教えてもらえますか?
 教えるといえば、どしゃ降りの雨について。もう、とてもすごいのです。まるで天の高い場所にある盆がひっくり返ったように、雨水が降り注ぐのです。ときには、雨の軌跡で景色がかすむほど。さすがに外に出る気力はなくなりますが、これはこれで風情があって私は好きです。激しく雨粒が大地を叩き、水がしみこんでいく様は、自然の力を強く感じます。実際に再現しようとすると少し人手が要りますね。
 あ、そうそう、アレン様は大神殿にはいらっしゃったことがありますか? あの庭園にある噴水が正常に動いているとき、中に入るとどしゃ降りの雨みたいだと、小姓たちが言っていました。私が大神殿に参ることはめったになく(何せ、ずっと雨になってしまうので神事に向かないのです)、行っても噴水はお休みしているのでちゃんと見てはいないのですが。
 噴水以外だと滝ですかね。中央よりもやや西にあるピリネス山道には大きな滝があります。途中、滝の内側を通ります。そこから外を眺めると、まるで大雨のような光景を見ることができると思います。もし立ち寄ることがあれば、ぜひご覧ください。どちらも、簡単にどこでも確かめることはできないのですが。単純に、屋根からたくさんの水を落としたりするのもいいかもしれません。
 大雨は、水が地面に当たった瞬間にいろいろな方向に飛び散ります。それが王冠みたいで私は好きです。事実、神官のなかには、あのひとつひとつが雨の精霊であり、その証拠に自然の冠が見えるのだと話す人もいます。彼はとてもロマンチストで、どれだけ雨が素敵なものなのか私に伝えてくれます。そうすると、私の存在が救われた気分になるのです。
 なんか、また長々と書いてしまいましたね。またお便りください。では、お身体に気をつけて。
                                                      雨の神子 レイ


レイへ
 君は真面目な人だね。もっと気楽でもいいよ。でも、君の教育係の賜物なのか、雨の神がそうなのか。しっかりした人だなって思う。僕のほうは、口酸っぱく言う人もいるけど、父(実のというわけではなく、僕を庇護している太陽神のこと)の影響か、とても不真面目だ。君を見習えっていうお付きの者達の気持ちが少し理解できた気がする。おそらく君のほうにはあまり聞こえてこないかもしれないけど、君はとても人気者です。もちろん、僕からも。
 大雨についての情報、どうもありがとう。実は、たいてい僕は大神殿にいます。他に行き場所がたいしてないというのもあるけれど。確かに、噴水は盲点だった! 小姓たちに聞いてきたら、大雨の気分を味わいたいときは噴水で遊ぶらしい。彼らは正直、雨はあんまり好きじゃないらしいけど、大雨でヤケになったようにずぶ濡れになるのは何故か楽しいらしい。
 聞いてたらどうもやりたくてたまらなくなったので、みんなで噴水で遊んでみた。とても怒られた。特に僕は、小姓たちよりもいくらか上なので、一番怒られた。でも楽しかったよ。降り注ぐ雨を浴びる体験を初めてした。水って大事だなって思った。
 君の手紙の最後のほうが少し気になった。僕は雨を知らないけど、雨を知る人をたくさん知っている。みんなが雨を「天の恵み」だという。それを分け与えているのは君ではないだろうか。君の存在は大切だ。それは、こんな馬鹿で何も知らない僕でもわかることなのだ。なので、どんどん、図太くなるほど救われてほしい。ああ、何を書いているんだろうな僕は。すまない、自分でもおかしいと思う。ただ、わかってほしい。どんな性質の思いであれ、君が大切だっていうのは僕らに共通した思いだ。
 正直言うと、君に会えないのが悔しい。父は別にどうとも言っていないのに、神殿のやつらがやかましいんだ。僕らが近づくのは良くないって。でも、神同士に問題がなければ会えると思うんだ。
 熱くなってしまった。この乱れた字で、僕の気持がわかってもらえるであろうか。
 さて、星と月についてだが、月ならともかく、星は絵で表してもその魅力が伝わりにくいと思う。だから、君がしてくれるみたいに、僕もなるべく現実的に感じられるように工夫してみた。それが、同封の布だ。
 星は、暗くどこまでも透き通った黒の空に散らばった光だ。人は、これらを線でつないで何かのかたちにして、物語をあてはめるんだ。大神殿は丘の上にあるから、夜になるとたくさん星が見える。吸い込まれそうで、とても綺麗だよ。夜、布を広げて明りにかざしてみてくれ。それらしく見えるように作ったつもりだ。
 月は、基本的に丸いものだ。日によって姿かたちを変えるんだ。下の絵は、その移り変わりを表している。だいたい、五日おきの形を描いてみた。満ちては欠ける月を不吉だという説もあるけれど、いろんな姿を見られるのは得だと思う。まあ、太陽神と月・星の女神は仲がいいから僕も見られるんだけど。
 そうそう、雨から少し外れてしまうが、雷について教えてくれないか。この間、仲間と劇をしたのだが、僕は朗読役だった。がんばって雷の音を読んでみたんだけど、とても馬鹿にされた。そんな音ではないと言われたのだ。少し悔しかった。でも、僕はどう足掻いたって雷を聞けない。父からはお手上げされてしまった。どんな音が近いのか、もしいい考えがあったら送ってほしい。
 それでは、元気で。
                                                      太陽の神子 アレン


アレン様
 何から書いたらいいのかわかりません。まず、ありがとうと言いたいです。
 雨は確かに恵みでしょうが、時には脅威にもなります(晴れにもある程度同じことが言えるのでしょうが)。それに、皆、正常な時の雨はあまり好きではないようです。だから、雨が降るのもいいけど、あまり続くと疲れたような顔をされます。湿気ってあまりいい効果がないみたい。
 実を言うと、雨ばかりの暮らしにうんざりだと、この間世話役の神官がひとり去ってしまったの。私、悲しくて悲しくて。他の者が慰めてくれたけど、たまらなかった。だから、ついこの前のお手紙にあんなことを書いてしまいました。ごめんなさい、とても心配させてしまいましたね。でも、あなたが励ましてくれて元気が出ました。あなたのお手紙を見ていると、とても楽しそうに生きているのが伝わってきます。同じような境遇である私も、雨を愛しながら楽しく過ごそうと思いました。ありがとう。
 そうそう、アレン様が太陽神様のことをお父様と呼ぶのだと知って驚きました。なので、雨神様にお母様って呼んでいいのか聞きました。あまりいい顔をされませんでした。でも、お姉さまとなら呼んでもいいと仰ってくれましたよ。あと、太陽神さまとはちょっとしたお知り合いみたい。神様同士ですから、なんの不思議もないのですが。アレン様のお父様ってどんな人かお尋ねしたけど、答えてくれませんでした。
 話は変わりますが、布を使ってみました。とても大きかったので驚きましたが、嬉しかったです。宿の部屋で広げて楽しんでいます。これが星空なんですね。調べてみると、黒い空の向こうに白くて明るい世界があって、黒い空が破けて見える光が星なんだって説が昔あったみたいですね。布に穴を開けるのっていい考えだと思います。
 寝るときに、寝台と灯りの間に広げて、星空のもとで眠るようにしています。少し端のほうに、大きな穴が開いていたでしょう? 最初は意味が分からず、自分で破いてしまったのかと思ってあわてました。けど、灯りを通した布とお手紙を並べて、あれが月なのだとわかりました。素敵な贈りものです。良い誕生日の贈り物になりました(届いた日は、ちょうど私の誕生日でした)。
 アレン様のお手紙に励まされる毎日です。何千通というのはともかく、もっとたくさんやり取りがしたい。直接話して伝えたいことがたくさんあります。
 今回の雷ですが、空が震えるような音です。木の実を箱に入れて転がしたり、急流に出かけたり、いろんなものを叩いたりしましたが、近い音が出てくれませんでした。でも、ある者が大きな楽団の演奏を聞かせてくれました。ヴァネルという音楽家が作った『神々の喜劇』という楽曲があります。その第三楽章は嵐を想像して作ったものらしいのですが、このときの太鼓などの音がとても雷に似ています! 演奏者の方々はとても研究熱心で、この曲を練習するのにいろんな表現の研究をしたんですって。聴く価値は十分にあります。
 雷が鳴る時はとっても辺りが暗くなって、稲光が鮮明に空を走ります。その瞬間、自分の体にも電流が走ったような感じがして、あまりに激しいものを見ると一歩も動けなくなります。美しくもあり、恐ろしくもあります。雷の神様は雨神様とはまた別なのですが、あの方こそ畏怖を抱かせるのにふさわしい神ですね。
 その楽団は大陸を一直線に旅をしているとのことなので、もしかしたら大神殿の近くにもくるかもしれませんね。その時は、ぜひ聴いてください。
 それでは、お元気で。
                                                      雨の神子 レイ
追伸 私もあなたのことをアレンと呼んでもいいですか?


レイへ
 呼んでもいいかなんて今更! だって、僕はずっと前から君のことを親しげにレイなんて呼んでいたんだよ? 君もアレンって呼んでくれたらとてもうれしい。実を言うと、様なんてつけられると君の心が遠い気がしていたんだ。僕らは遠く離れているけど、一気に距離が近づいたみたいだ。
 もう一つ白状すると、君のこの前の手紙で気になったことが他にあったんだ。慰めてくれる人の存在。なんとなく、君の周りには女性の神官しかいないと思って、意外すぎてびっくりしてしまった。ごめん、君は真剣に悲しんでいるのに、僕はどうでもいいことに気が行ってしまった。
 確かに、平時は晴れのほうが喜ばれるかもしれない。泥が跳ねると手間だから。でも、それは本当に仕方のないことだと思う。晴れを愛し雨を嫌う人間も、その逆の人間も確かに存在する。けど、その人自身の問題であって、レイが悩みすぎるのは良くない。僕らは究極の晴れ男と雨女であるだけで、それで何かを過度に押し付けられる必要はないと僕は思うんだ。
 レイ、僕は雨を知らない。けれど、僕は水を飲むことができる。それは、君という恵みがこの世界にあるからだと思う。僕は、乾かないでいることを君に感謝している。この間の手紙と重なるけど、君を疎ましく思う人間もいれば君に感謝し愛する人間もいることを知ってほしい。そして、僕も含めた人々の気持ちを受け止めてもらいたい。
 駄目だ駄目だ。僕は、人に対する気遣いがあまりできないんだ。けれど、精一杯、君が笑顔でいてくれることを考えている。
 この話はここでおしまいにする。頭がぐちゃぐちゃになった。布の件だが、気に入ってくれて何より。けれど、僕には一生の不覚だ。君の誕生日を知らなかったなんて、なんて愚かなんだろうと自分を責めてしまった。本当は、もっと誕生日らしい贈り物を渡したかった……。それでも、君が喜んでくれたなら良かった。来年はもっとちゃんと君の誕生日を祝いたい。
 それにしても不思議なもので、僕の誕生日とちょうど半年違いだ。どこまでも対照的なんだな、僕たち。もしかしたら、君は背が低くて、運動が苦手な代わりに勉強が得意だったりするんだろうか。寒いのは得意で、暑いのは苦手なんだろうか。きっと君は、僕が持っていないものを持っているんだろうな。
 例の楽団については、なんとかこの間聴けたよ。迫真の演奏だね。君が熱心に薦めてくれたのもわかるよ。嵐のシーンは鳥肌が立った。初めて雷鳴を聞いた気がする。たしかに僕が軽く言っていたのとはまったく別の音だ。怖かったけれども、神の威厳を感じた。音楽で作り上げた音がこれだったら、本物なんてもっとすごいんだろうね。
(塗りつぶした跡)すまない。この部分は気にしないでくれ。たいしたことではないから。そういえば、もう冬なんだね。例のごとく、僕のところはだいたい晴れだけど、君はどうだい? 冬の空はとても薄い青で、ガラスみたいで結構気に入っている。それに似たものを見つけたので、君に贈る。これが上空いっぱいに広がっているのが、冬の景色だよ。
 では、元気で。この手紙に君が元気になる効果がありますように。
                                                      太陽の神子 アレン


アレンへ
 こうして改めて書くと、とても照れくさいです。今まで、役職名でも敬称が付いているわけでもないお名前を呼ぶことなんてほとんどなかったから。
 あなたの手紙が来るごとに元気になります! 神殿の郵便配達屋さんはとても有能です。いま、私は大陸端の山奥まで来ているのに、きちんと届けてくれるのだから。おかげで、私は今日も楽しく雨と過ごせています。
 今回も素敵な贈り物をしてくれて、感謝しています。これは何ていう石なのかしら? あまりにも綺麗で、いつも身につけています。あまり贅沢をしたりそれを見せびらかせたりはできないから、こっそりとですが。この石越しに空を見ると、すごく綺麗な色なの。雲がある分、あなたとみている景色は違うのだけど、こうやって青い空を与えてくれたことをどれほど感謝したらいいのでしょう。誕生日のことは気にしないで。あなたからはいつも、十分すぎるほどもらっているから。
 きっとアレンの世話をする神官は、男の方ばかりなのでしょうね。私も、基本的には女性に付き添ってもらっています。でも、女性の神官は男性よりも少ないの。だから、いまは私の周りにはひとり男性の神官がついてくれています。私よりずっと年上なので、たくさんのことを知っています。なんでも教えてくれて頼りがいがあって大好き。もちろん、いつも励ましてくれるのはアレンも一緒なので、あなたのことも好きですよ。
 アレンはいつも、私を元気にさせる言葉をくれます。今回の手紙だって、文字の一つ一つにあなたの感情がこもっていて、実はいつも泣いています。こんなに私のことを思ってくれる人がいるのだから、もっと頑張らなくてはね。
 本当は、あなたともっとお話しできたらと思っているの。会って、いろんなことを見せてもらいたい。私も、たくさんの雨をあなたに見せたい。どうして私たちは会えないのでしょう。実は、このことを話したら叱られてしまいました。いつか、二日間だけでいいの、あなたと一緒にいることができたら……。一日は晴れで、もう一日は雨。そうしたら、お互い自分の世界を紹介できるものね。
 いま、外は雪が降っています。これは半分くらいお姉様の管轄。とても寒いけれど、夜空から降ってくる白い雪の粒は幻想的で、仰向けに寝ころんでずっと眺めていたくなるわ。これがどこからきたのか、空に昇って確かめたくなるもの。降っているところはともかく、積もっているのは見たことがある? 私、誰も踏んでいない雪の上に飛び込むのが好きなのだけど、お転婆はいけないって言われるわ。
 あなたが言っていた、私の推測は全部正解です。背は他の人よりも低いし、運動よりはお勉強のほうが好き。暑いのは苦手で、寒いのは平気。ここまで当たっていてびっくりよ。ということは、あなたは真逆なのね。そうすると、私を知れば知るほど、鏡に映したように反対なあなたのことを知ることができるのでしょうか。自分の行動とあなたの推測を重ねると、とっても楽しいです。でもね、アレン。何かを素敵だと思う気持ちは、私たち同じだと思うの。だって、あなたは雨や雷を楽しんでくれたし、私も星や夕空を見ると心が洗われた。それだけは、私たちが共有している思いでしょうね。
 今回は、私の目から見た雪の降る光景を絵にしてみました。最初にアレンの絵をもらってからずいぶん経つのね。初心に返ってみたの。私にしてはうまく描けたほうだから、笑わないでください。
 あなたに、神々の加護が永遠にありますように。
                                                      雨の神子 レイ


レイへ
 同じものを見て美しいと思える。それは、僕たちがつながっている証拠なのだと思う。たったそれだけなのだけど、僕にとっては何よりも大切な事実だ。
 手紙の返事が遅れてごめん。別に忙しかったわけではないんだ。ただ、また君の手紙の一節が気になったからさ。ちょっと悶々としていた。いや、受け流してほしいんだ。でも……正直言うと、君の傍にいられるその神官に嫉妬してしまっている。
 彼は君の眼を見て、自分の唇で君に励まし言葉をおくることができる。でも僕は、苦手な文章とやらで君と交流している。おそらく、僕が伝えたいことの半分も言えないのだろう。それでも、君は十分と言ってくれるのだろうけれど。
 僕は、神子であることの喜びと悲しみを、君と出会って知ってしまった。僕が太陽の神子でなければ、君とこうして言葉を交わすこともなかっただろう。けれど、太陽の加護を受けているからこそ、君とは会えないのだ。悔しい。とても悔しい。
 君が言っていた、二日間だけ会えたらというのはすてきな考えだ。でも、僕はもっと一緒にいたい。春の朝も夏の夕焼けも秋の夜も冬の昼も、レイに見せてやりたいんだ。とても綺麗なのに、君にはぜんぜん伝わらない。そんな悔しさで、胸はいっぱいだ。
 雪が積もっているのは見たことがある。吹雪がやまない地方があると、訪ねに行くんだ。あまり長く居すぎると溶けて大変なことになるからあんまり見ていないけど、あの白さは反則だね。綺麗すぎる。それにしても、君は贅沢だなあ。あんな白くてまっさらな中に飛び込むのだから。少し意外だった。
 それと、君の絵。僕よりもずっとうまいじゃないか! 空から降ってくる雪の様子が目に浮かぶようだよ。僕もいつか見てみたい、幻想的に舞い降りる雪を。自分の部屋に飾って、みんなに見せびらかしている。羨ましいとか寄越せって言われるけど、これだけは絶対に離さない。 君とこうして話していると、自分だけでは見えなかった部分の世界を見ることができる。この出会いに、神だろうがなんだろうがとても感謝している。今日は日差しが強くて、雲が面白い形をしていた。太陽の光が雲の輪郭に反射してとても綺麗だった。君の絵をみたあとに送るのは恥ずかしいけど、これが今の僕が一番美しいと思うものです。
 寒さに強いということだけど、これから北に行くなら気をつけて。
                                                      太陽の神子 アレン


アレンへ
 今日も雨乞いの儀式を終えました! 私はただ行っただけなのだけどね。辛いこともたくさんあるけど、みんなが喜んでくれて私も嬉しかった。本当はお姉様のおかげなのだけど。
 そうそう、今回旅の途中で素敵な話を聞いたわ。北東のほうでは、晴れていてとっても寒い朝に細かい氷が降るそうよ。雪の一種みたい。太陽の光で反射して、宝石のようにきらきら輝く様子は、この世の光景とは思えないほど神秘的なんですって。おそらく私が見ている雪とは少し違うのだろうけど、一見の価値はあるのではないかしら。あなたは寒いのが苦手だそうだから、覚悟が必要かも。
 絵についてなんだけど、そんな風に言われると恥ずかしいわ。あなたのに比べると大したことないから、そう大げさにしないで。でも、にこにこしているあなたが浮かんできて微笑ましいかぎりだけど。今回の絵も、素敵でまた飾ってしまったわ。太陽の光ってちゃんと見たことないけど、とても強くて美しいんですってね。その加護を受けた、あなたも同じような存在なのかしら。
 周囲を嘆いた以前の自分が恥ずかしくなった。私は、たまたま生まれてきたときの状況で雨の神子となったわけだけど、普通の娘として生まれ育っていたらできないことがたくさんあったわ。悲しいこともあったし、お姉様とお別れしたら楽になれるかと思ったこともあったけど、見えない大きな幸せを夢見てばかりでは、今のささやかな幸せが台無しになってしまう。そうあなたが教えてくれた。だから、こうして会えないことも大切なことだと思いましょう。たとえ直接会えなくても、あなたは大切な言葉を文字で教えてくれるもの。私もあなたにたくさんのことを伝えるから。
 私付きの神官に関心があるようだけど、彼はもうそろそろ大神殿に一度戻ってしまうそうだから、あなたもたくさんのことを教えてもらうといいわ。長く生きた分だけ知識は降り積もると彼は言うけれど、私、老人になってもあの人ほどの見識が持てるか自信はないわ。本当にすごい人なのよ。人に優しくなるのは、これまでの経験をすべて自分のものにしてきたからなのね、きっと。
 私、自分のことばかりでなく、もっと誰かに優しくなりたい。いい顔をされない雨かもしれないけれど、誰かの天の恵みとして水を運ぼうと思う。あなたの晴れの力も、誰かの恵みの光であるように。
 ここまで悟るようなことを書いておきながら、気になっているのだけれどね。あなたと私、出会ったら晴れるのか雨が降るのか。もしかしたら死ぬまで会えないかもしれないけれど、ずっとあなたとこうしてつながっていたい。鏡を見ているように、対のような存在であるあなたを、特別な存在だと思ってもいいですか? もう一人の自分と言って愛してもいいですか?
 上手く言えなくてごめんなさい。とにかく、私にとってあなたは大切な存在。それを言いたいの。もし良いと言ってくれるのであれば、また手紙をください。
 それでは、お元気で。
                                                      雨の神子 レイ


レイへ
 もう、本当に君は返答に困る手紙を送ってくるなあ。嫌だというわけがない。僕だって……君を特別な人だと思っている。
 それにしても、君のお付きの男性神官が、あの長老とも言うべき方で驚いている。そりゃあ、いろいろなことを知っているだろう。てっきり僕は、もっと若い男だと思っていた。早とちりはいけないな、ごめん。
 雪深いところも何度か行ったことあるけど、滞在経験は少ないよ。でも、せっかく晴れ男なわけだから、その現象は見てみたいな。きっと綺麗なんだろうな。もしも見ることができたら、まっさきに君に手紙を書くよ。でも、寒いのはちょっと慄くな。すまない、本当に寒いとすぐ眠くなってしまうんだ。
 僕の近況と言ったら、西南の地で寒さ逃れをしていることだけかな。同封したのは、海に沈む夕日だ。水面に反射して、黄金の光がどこまでも広がっている様子をどうしても君に見せたくて、頑張った。この前の夕日とはまた違った感じが表現できただろうか。
 ここはいい。海は果てしなく先まで続いていて、世界の端っこにきたようだ。それでも、この先にはまだまだたくさんの島や大陸があるのかと思うと、胸が躍る。大神殿は中央にあるから海がないし、山に半分囲まれているだろう? だから、これだけ見晴らしのいい場所は楽しくてしかたがない。八方全てが地平線や水平線なんて、夢のようだね。一度だけ僕は船の旅を経験したけど、船酔いさえなければ素晴らしいものだったね。うん、酔ったのだけれど。
 星もね、海上や草原の真ん中にいるとよく見えるんだ。もう、溢れるように天球すべてを埋め尽くす勢いで光っているんだ。星といえば、以前君に送った布があるだろう? あれは現実の星の並びではなかったりする。僕の好きな星座(星の並びをいろんなものに例えているんだ。神話とかつけたり)ばかりを集めたものだ。おそらく、神話については君が詳しいだろうし、老師や神官に訊けばたいていはわかるだろう。あの布は好きにしてくれ。適当に穴を開けて星を増やすのもいいと思う。
 君の近況もぜひ聞かせてほしい。待っている。
                                                          アレン


アレンへ
 あなたのお手紙、開いて読んだ時から心が弾んでしまったわ。私は本当にあなたのことが好きだなって思う。
 今回も夕陽の絵をありがとう。着々とあなたの絵コレクションが増えています。並べてみると、あなたの絵ってとても鮮やかね。晴れていると、こんなにも世界は色彩豊かになるのかしら。私のほうは、灰色とか地味なものが多いから。あなたの目から見ると、世界はこんな美しさを持っているってわかるのね。改めて自分の絵を見ていると、黒と白だけでほとんど描いていて、少し渋すぎるかしらって思った。
 星座については、本を読んで勉強しました。なんとなく、あなたの好みが理解できたわ。私も、英雄のお話がお気に入り。あの話は、神話には珍しく勧善懲悪のわかりやすいものだから。ひとつだけあの話の星座がなかったから、付け加えてしまいました。
 さて、なぜ今回私の手紙がここにあるかというと、実は大神殿にきたからです。ちょうど、あなたが南でのんびりしているころね。二年に一度、神官長とのお話があるから、あなたがいない時期を見計らって来ました。二人が出会わないように日程の調査は念入りに行われているらしいわ。一応、前の手紙で自分を納得させたけれど、やはりいざすれ違いを実感するとさびしいのね。
 でもね、あなたの友人たちがこっそりアレンの部屋に入れてくれたのよ。内緒ってことだったのだけれど、事後でも無断よりはきちんとお話したほうがいいわよね。許可なく入ってごめんなさい。でも、いろいろ不思議なものが置いてあってびっくりしちゃった。聞くところによると、新しいものや珍しいものが大好きなんですってね。何も触らなかったけど、見るからに複雑そうなものが多くて驚いたわ。私の絵が本当に綺麗に飾ってあったのにもびっくりしたけれど。
 あなたのお友達ってみんないい人ね。私のことも仲間だって言ってくれたの! こんないい人たちと仲良しだなんてアレンって幸せね。彼らがいっぱい話してくれたから、たくさんあなたのことを知ることができました。
 そういえばアレン、誕生日は私とちょうど半年違うって言っていたわよね? みんなでちょっといたずらをして、贈り物を部屋のどこかに隠しました。気に入ってくれたらいいのだけど……。
 お誕生日おめでとう、アレン。あなたの一年が、去年よりもさらに幸福でありますように。
                                                      雨の神子 レイ


レイへ
 いったい、君は僕にどんな思いをさせたいというんだ。もう、いろいろあって頭がいっぱいだ! 手紙の冒頭で、喜びに踊ってしまいそうになったじゃないか。
 帰ってきて本当に驚いた。あっちで君の手紙がこなくて少しへこんでいるという話をしていたら、仲間がやけににやにやしていて気持ち悪かった。それで、机の上の手紙だ。みんな、人が悪いのにもほどがある。しかも、君に会うことができたなんて、ひとりひとりの首を絞めても許されるのではないかというくらいにうらやましい。あいつらは揃って僕に自慢するんだ。悔しくてたまらない。
 ああ、それにしても君が来るって知っていたら、この部屋をもう少し整頓してから出かけたのに。いや、そもそも出かけないで君を待っている。みんなからガラクタって言われるものばかりなんだ。世話役にも、さんざん片付けろ捨てろって言われている。でも、あいつは言うだけ言って手伝ってくれないんだよ!
 散らかっているせいで、君からの贈り物を探すのに手間取ってしまった。あんな意地の悪いところに隠すなんて、どうせあの吊り目野郎の入れ知恵だろう? でも、見つけた時は感動してしまったよ。君の存在を実感できたのだから。
 これは不思議なものだね。僕のコレクションよりもずっと不思議だ。添えられていた書置きのとおりに水を注いだら、澄んだような落ちる音がした。なるほど、雨の日ならではの楽しみ方だね。それがこうして道具で体感できるんだから、やっぱりいい道具っていうのは大切だ。ありがとう、これ以上ないほどの贈り物だ。いままで誕生日がこれほど嬉しかったことはないよ。
 君は今年一年の幸福を願ってくれたけれど、正直、去年より幸せになれるか不安だ。だって、去年は君と知り合うという幸運があったわけだ。これ以上の幸せはあるだろうか。
 僕は、いままで自分が幸せかなんて考えたこともなかった。それは、僕が幸せだったからだ。日照りの苦しみも水の恐ろしさも僕は知らない。それで、安定した暮らしと楽しい仲間、小うるさい世話役に全てを笑い飛ばしながら加護してくれる太陽神。不幸なんて、まったく知りもしなかった。長雨で困っている人々の地を訪れたらみんなありがたいと言ってくれて、その裏の悲劇を見せられることもなかったんだ。僕の環境を恥じることはないが、これはどうなのだろう。僕は、幸せでいいのだろうか。
 レイは、本当に困っている人を救っているんだね。そのせいか、君の手紙にはあたたかさを感じる。痛みをきちんと受け止めるからこそ、君は優しいんだ。君みたいに、たくさんの人を幸せにしたい。いま、こうして僕に喜びをくれたように。
 いつか黙っていても僕の評判が君のもとへ届くような男になりたい。今年の目標は、それだな。噂話が近況報告になったら上出来だ。
 君の永遠の幸せを願って。
                                                           アレン


アレンへ
 私、あなたが思うよりも立派な人じゃないわ。立場上、あなたよりもほんの少しだけ人々の苦しみが直接伝わるだけよ。あなたこそ、優しいわ。アレンはみんなを明るくするって聞いたもの。私だって、あなたと手紙のやり取りをしてから、生き生きとしているって言われるようになった。それは、あなたにしかできないことなのではないかしら。不幸が見えないのは悪いことじゃない。幸せの自覚がないのも悪いことじゃない。だから、落ち込まないで。
 それと、噂話もいいけど、あなたの手紙が一番よ。だって、あなた自身の言葉でアレンのことを聞けるのだもの。こんなぜいたくはないわ。たとえ有名になりすぎて(神子だからある程度名は広がっているのだろうけど)、いやでも他人からあなたについて聞くようになっても、あなたの言葉がいい。
 プレゼント、喜んでもらえて何より。老師と一緒に作ったのよ。あの人、年齢を感じさせないほど細かいものが得意なの。難しいところはほとんどやってもらってしまったわ。おかげで、最初に構想していたものよりももっと立派なものができました。先日の私の来訪の供も終わり、老師は大神殿に戻られました。アレンがあなたのお話を聞きたがっているとお伝えしたから、時間があったらぜひ訪ねてみてください。
 雨は音楽だってよく思うの。しとしと静かに降るのも、ざあざあ激しく降るのも、その音は全て、お姉様と地と地上のものが奏でる音楽。楽団の演奏もいいけど、本物の水が一番綺麗ではないかと思うわ。ああ、でも手入れは丁寧にしたほうがいいかも。水気があるまま放っておくと傷んでしまうわ。
 私はあなたに簡単に幸せって言葉を使ってしまったけれど、私のほうこそその意味をよく理解していないのかもしれないわ。でも、私から見たあなたは幸福の象徴のようなものなのよ。いつも、周囲の人を明るく照らしてくれる太陽。あなたはそういう人だって思えるの。……ごめんなさい、会ったこともない人間が何を言っているのかしらね。
 終わりに近づく冬はいっそう厳しさを増して、こちらでは毎朝桶の水がかちかちに凍っています。けれど、そんな寒い中懸命に咲いている花があるの。これを人々は希望のお守りにしています。あなたにもひとつ送りますね。
 一緒に春を待ちましょう。
                                                       雨の神子 レイ


レイへ
 いやいや、僕の言葉で君まで落ち込んでいないだろうか。君の言葉は僕を良い方向へ導いてくれるものだから、僕に投げかけた言葉に何一つ後悔しないでくれ。
 雪の中に咲く花なんてあったんだね。恥ずかしながら、初耳だ。本当に寒いのは苦手だから、寒い地方の知識はほとんどないんだけどね。こんなに可愛い花があんな冷たいところに咲いているなんていじらしいね。自分ももっと一生懸命にならなければと思うよ。どうも僕は気楽すぎるからね。
 そうそう、君の手紙を読む前になってしまったんだけど、老師にお会いしたよ。僕は初対面だったけど、あちらはすぐにわかったと仰った。君、ずいぶん僕の話をしたんだね。照れくさくなったよ。
 彼は素晴らしい人だ。君が慕うのもわかる。世話役が上機嫌で、僕の教師になってくれないかと交渉していたよ。もしかしたら、この手紙が君に届くころには、彼の薫陶を賜っているかもしれない。しかし、どうやったらあれだけの知識を持てるのだろうか。しかも、人柄もいいときた。若い時はたいそうもてたって、厨房係のおばあさんが言っていた。無理はない。今だって、とても魅力的だよ。
 長い間大神殿を離れていたようで、戻ったとたんすぐに彼の周りには人が集って、僕が訪ねて行った時も客人が多かった。今では高い位についている神官たちも、みんなあの人の教えを受けたとのことだ。
 彼からの伝言がある。覚悟があってもその前に痛みを受ける者がいる。最良とは誰も傷つかない方法だ。心を落ち着かせて探しなさい。何のことだかわからないけど、奥の深い言葉だね。 僕も君に贈り物がある。この間、みんなでガラス細工に挑戦したんだ。これは、朝・昼・夕・夜の晴れ空を思い浮かべて作った。ちょっと色合わせは変かも知れないけれど、わりかしうまく作れたと思う。これと同じ色の羽根をもつ鳥が、東方にはいるそうだよ。王様が買うような貴重なもので、残念ながら僕には手に入れられなかったけれど、それに劣らぬものができたとうぬぼれている。
 もうすぐ春だね。春はとても好きだよ。花が辺り一面に咲いて、みんなで出かけて眺めるのがこっちの恒例なんだ。いつか、君も一緒に行けたらと思っている。多分、君が会ったあのうるさい連中もついてくるのだろうけど。まだ先のことだけど、花が咲いたら送ります。君のところに咲いている花があるなら交換しないか。
 では。                                                            アレン


アレンへ
 長い間返事を出さなくてごめんなさい。二度とお手紙を書かないつもりだったけど、きちんと言ったほうがいいと思って筆をとりました。
 もう、あなたとやりとりはしません。理由は聞かないで。こうするしか、私には思いつかないの。あなたのくれたこの細工もお返しします。私のあげたものは全部捨てて。私のことは忘れてください。
 ごめんなさい。さようなら。
                                                       雨の神子 レイ


レイへ
 どういう意味か全くわからない。何があったんだ? 父も理由がわからないと言っている。きちんと教えてくれないか。僕は何か君の気に障ることをしてしまったのだろうか。だとしたら、心より謝罪する。だから、さようならなんて言わないでくれ。
 君を忘れることなんてできるわけないじゃないか。神子として同じような生を受けた仲間だ。君のことを知ってどんなに嬉しかったことか。
 頼む。せめて、もっと理由を聞かせてくれないだろうか。それがない限り、僕は君に手紙を送り続けるよ。
                                                          アレン


レイへ
 君の返事をずっと待っている。お願いだ、せめてもう一通だけでも寄こしてくれ。なぜ、君はさようならなんて言うんだ。何が原因なんだ。もう夜も眠れない。もしこの手紙を見たら、返事をくれないだろうか。
                                                          アレン


レイへ
 君が手紙をくれなくなったのは、僕に問題があるからなのだろうか。幸せについての話が君を傷つけてしまったのだろうか。それとも他のことなのだろうか。それならそうと言ってほしい。とにかく、返事がほしい。
                                                          アレン


レイへ
 一向に来ない君の便りを、ひたすら待ち続けている。
 すまない、どうしてこんなことになってしまったのか本当にわからないんだ。愚かだと笑ってくれ。それでも、もう一度君の言葉に触れたい。君の存在を感じたい。心を割かれるような思いでいっぱいだ。頼む、どんな言葉でもいいから手紙を送ってくれないか。
                                                         アレン


レイへ
 これで何通目になるのだろうか。迷惑だろうけど、それでも僕は君の返事ほしさに送ってしまう。もう一度、君と話したいんだ。僕は、君のことが好きだから。もう一人の自分としてでなく、自分とはちがう人として、女の子として君のことが好きなんだ。一回も会ったことない男が愚かなことを言っていると他人が笑ってもかまわない。心から君を想っている。
 きちんと理由を話して、僕を拒絶してほしい。このままだと諦めがつかない。
                                                          アレン


アレンへ
 あなたの手紙を受け取るのを拒んでいましたが、全て世話役の神官がとっておいたみたい。理由を言うつもりはなかったけれど、頑張ってあなたに伝わるように話すわ。
 私、実はあなたに直接会えないかお姉様に真剣にお願いしたの。あなたがあまりにも優しくてあたたかくて、もっともっと近づきたいと思ったから。でも、許してもらえなかった。詳しい理由についてはお話下さらなかったけれど、お姉様はいつも以上に厳しい顔でした。
 二人が出会うと災いが起きると言われていますが、それは真実であると告げられました。私、老師に相談したの。どうにもならないのかって。その時、たとえ不幸になっても構わない。罰を受ける覚悟はできていると私は言った。あなたの手紙にあったあの方の伝言は、それに対する返答です。
 私は、自分の願望で人が傷ついても構わないと言ってしまった。人に恵みと救いを与えるために存在する神子のはずなのに、ずいぶんひどい話よね。とても自己嫌悪。いろいろ考えてみたんだけど、あなたと会っても不幸にならない方法がまったくわからないの。おそらく老師は、許してもらえて災いの起きない対面を、と仰りたかったのでしょうけど。何が何でも許さない、これ以上言うようなら今すぐ地に災いを与えるとまで言われてしまいました。
 誰かを不幸にして得た幸せは本当の幸せかしら。それなら、私はあなたと会わない道を選ぶしかない。そして、手紙を見れば思いが募るから、だからもうやり取りは終わりにしたいと言いました。自分勝手な理由でごめんなさい。悩ませてしまってごめんなさい。あなたではなく、私が悪いの。心を押さえつけてあなたと言葉を交わす自信もないから、極端にあなたを拒むことしかできない私が悪いの。
 好きだって言ってくれてありがとう。それだけで私は死ぬまで幸せでしょう。誰かを恨むことなく、優しい思い出と美しい雨と人々の笑顔を喜びとして生きていきたい。こんなにひどい人間のことはさっさと忘れてしまって。あなたはあなたの人生があるのだから、変わらずにまっすぐ生きてほしい。そして、たくさんの人に幸せを与えてほしい。
 だから、今度こそ本当にこれが最後です。私をこれ以上苦しめたくないなら、誰も不幸にしたくないなら、私のことはなかったものとしてください。
 今までありがとう。いつまでも元気で。あなたの幸せを誰よりも祈っています。
                                                       雨の神子 レイ


レイへ
 本当に君は勝手な人だ。僕の気持を無視して、自分一人で決めて。僕の意思は無視なのかい。僕だって、君と一緒にいる方法を探しているというのに。どうして一人で思いつめるんだ。
 そんな理由だとは思わなかった。老師からの言葉を直接受け取ったのは僕だというのに、それに何も疑問を持たなかったなんて恥ずかしい限りだ。
 父に聞いてみても良い返答は得られなかった。あの父でさえ渋い顔をしたのだから、きっと災いは本当なのだろう。僕も、誰かを不幸にして二人で幸せになるのは間違っていると思う。けれども、君に会いたくてしかたがないんだ。
 忘れるのは不可能だ。ずっと君のことを覚えているよ。どうやったら僕の中の君を消せるのか、方法があるなら訊きたいくらいだ。どうせ、結婚なんてできない身の上。それなら、一生君に恋している。僕は何年経っても、死んでも君のことを忘れない。君が嫌だって言っても、絶対だ。
 さようならも言わない。心はいつまでも君のそばにいる。いや、いつか君に触れられる日が来ると信じている。会える道を勝手に模索してやる。でも、君はそんな僕のことを疎ましく思ってもいいよ。僕は一生君が好きなだけだから。
 レイ、これからも民に恵みの雨を与え続けてくれ。君の評判なんて僕が耳をふさいでも勝手に入ってくるのだから、手紙はなくてもいいさ。君が元気だとわかればそれいい。僕も君のもとへ送るのは、一旦やめにする。けれどレイ、覚えていて。僕はどんなことがあろうと、心は一生変わらない。いつか再び、君に何か伝える日も来る。
 それでは、また。
                                                         アレン















レイへ
 久しぶり。今年は大神殿に来る年だったはずだから、もしかしたらここに来るかもしれないと手紙を置いてみた。もしそうなら、嬉しいと思って。
 君は元気そうで何よりだ。僕も、改めて語る必要もないくらい元気で、毎日楽しく暮らしている。いまだに君には会えないけれど、まだしつこくお偉方に物申しては叱られている。
 今でも僕の思いは変わらない。君のことをずっと愛している。
 おかえり、レイ。
                                                         アレン


アレンへ
 あなたは、私の考えていることはお見通しなのね。驚いたわ。びっくりして泣いてしまった。せっかくこっそり抜け出して来たというのに、これでは戻れません。
 この染みは、雨だということにしてください。外は、どしゃぶりです。私という雨女が来ているので。外に出しっぱなしになっていたものは、しまっておきました。駄目よ、私が来ると知っていたら、ちゃんと部屋のなかに入れておかなくては。
 勝手にお別れを告げたのに、変わりなく想っていてくれてありがとう。こんな選択しかできなかった私なのに、あなたはやはり優しいのね。もう二度とあなたに手紙を書かないと決めたのに、こうして筆をとってしまいました。
 私も、あなたのことを愛しています。ずっと、ずっと、永遠に。
 ただいま、アレン。そして、おかえりなさい。
                                                         レイ






2008/09/08
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