罪女と罰男


 安堵と後悔が混ざったこの心は醜いのだろうか。正しいことをしたはずなのに、気分が晴れないでいる。けれど、今の私にはこの胸の内を誰かに打ち明けることはできない。私が一番言ってはいけない人間なのだ。苦しくても受け入れなければならない。しかし、やはり苦しい。私は器の小さい人間だ。これしきの罰にすら耐えられぬのだから。


 こんにちは名も知らぬ人。かわいい鳩さんが迷い込んできたから、ついあなたの手紙を読んでしまいました。思わず返事を書いてしまったのだけれど、届くかしら。この子は賢いようだから、あなたの元へ戻るのではないかと思うのだけれど。
 私もちょうど似た思いを抱えています。私はある罪を犯してしまいました。だから、自分が大嫌い。でも、やっぱり自ら死ぬことは許されないの。悲しみを生きる限り抱えていく罰。違うのは、私は正しいことをしなかったということね。だから言うけれど、正しいことならすべきことだったのではないかしら。だって、正しいのでしょう? もしも正しいことをしなかったら、世の中は過ちばかりになってしまうわ。
 あなたの事情はよくわからないし、きちんと聞いたら私の価値観で「それは違う」と言ってしまうかもしれないけれど、そのときのあなたが正しいと思い、そのときのあなたが間違いと思ったものが、真実だと思います。
 苦しまないで。


 名も知らぬ人よ。ありがとう。まさかこいつが返事を携えて帰ってくるとは思わなかった。きっと、こいつは放してしまった伝書鳩だったのだろう。殴り書きした紙を、適当に目についたやつにくくりつけてやっただけなのだが。宛てなどなかったのに、私は運がいい。あなたの手紙は嬉しかった。けれど、やはりまだ重しが私の身体にまとわりついている。これはもう、永遠に取れないだろう。これを取ることができるのは、もう手の届かない人だけだ。
 あなたの言うとおり、私はすべきことをしたのだと思う。私がしなければ、過ちがまかり通る、ひどい世の中だったろう。だが、善悪だけで語りたくとも語れないものもある。ああ、正義なんて大嫌いだ。悪のほうがよほど楽だと思ってしまうほどに。
 あなたが私の罪を知らないように、私もあなたの罪を知らない。しかし、私に優しい言葉をかけてくれたあなたの存在が、今はありがたかった。礼を言う。


 ごきげんよう、名も知らぬ人。この鳩さんはとても優秀ね。こうしてちゃんと往復してくれるのだから。
 あなたからの返事をもらってそれで終わりにしてしまおうかと思ったのだけど、伝えたいことがあるからまた手紙を送ります。というのも、悪は楽なのか気になったの。ねえ、悪は楽? 確かに、自覚がなかったりそれに対して罪の意識がなければ楽でしょうけれど、悪を悪だと気づいたら、これ以上苦しいことはないわ。まだ理由を正当化できる正義のほうがいいのではないの。
 だけど、本当に楽なのは、善とか悪とかじゃないかもしれないわね。奥底に気づかず、表面だけで見てしまえば、正義だって悪だって苦しくないわよ。物事の深いところまで知って、それで迷いが生まれるの。鈍感になってしまえばいい。そうすれば、苦しまないでしょう。私にはできなかったことだけどね。
 言いたいことはそれだけ。


 名も知らぬ人よ。確かにあなたの言うとおりだ。鈍感になってしまえばいい。だが、やはり私にもできないことだ。
 悪が楽だと書いたことが気に障ったなら詫びる。すまない。言い訳になってしまうだろうが、私の行ったことは正義でありながら、そうではなかった。大多数にとっては正義で、私にとっては……正義ではなかったと言いたくないのに、あとに残ったのは後悔や罪悪感である。
 かつての私には理想があった。その理想に合わずにずれていく現実が許せなかった。だから、無様な現実を破壊した。そのうえに新しく美しい世界を築き上げたかった。そうこうしているうちに、私は本当に大切なものをどこかに落としてしまってきた気分になったのだ。現実のうえに成り立っていた理想は、土台が壊れると同時に崩れ去った。こうなったら、どんなにあの素晴らしい日々を想像しようと、もはや不可能なのだ。
 何にも出会わず何も知らずに一生を過ごせたらどんなにいいだろう。そうしたら、悲しみも私は持たなくてすんだのに。
 こんなことを書いても、あなたは困るだろう。けれど、書かずにはいられない。私を知らないあなたにだけなら書けるのだ。


 ごきげんよう、名も知らぬ人。あなたは私に返事を書かせるのがずいぶんお上手。やっぱり言いたいことがまたあったので、またお返事します。
 実をいうと、私はあなたが願っているような、何にも出会わず何も知らない生活を送ってきたわ。もしかしたら幸福だったのかもしれない。けれど、それが自分ではなく他人だったらと考えると、これほど哀れな存在はそうそうないわ。生きていながら死んでいるようなものなのだから。
 無知というのはね、本当に不幸なの。人間は、過ぎゆく時間からいろいろなことを教わるわ。そんな自然な行いから爪はじきにされ、何も覚えず何も感じずに過ごすなんて。知ることと縁がなくなった時点で、それは死んだのと同じ。だから、そんな怠惰で自分を傷つけるような夢を見てはいけないわ。お願い、悲しいことを思いつかないで。
 あなたは高潔すぎたのかもしれない。何もないまま日々を無意味に消費してしまった私には、あなたのほうが羨ましい。高い志を持ち、現実を変えようとする力があり、苦しみを安易に放り出さないあなたは、私から見たらとても立派な人。
 きっと、あなたも二度と取り戻すことのできない大切なものを失ったのでしょうね。現実は、嫌悪すべきものであったと同時に、あなたの心を輝かせるものでもあった。壊してしまったものはしかたないわ。それを受け入れるしかない。どうか、また新しい世界を思い描いて。これからの未来が輝けるものになったとき、あなたの喪失や悲しみにこれ以上ない価値が生まれるでしょう。


 名も知らぬ人よ。こんな私のどうしようもない話につきあってくれてありがとう。飛ばした鳩が帰ってくるたびに、いつも張り詰めている心がようやく緩む。おかげで、今日も生き延びることができた。
 あなたを傷つけてしまっただろうか。前回よりもさらに不用意なことを綴ってしまった。 あなたの言う通りだと、自分でも思う。生きることで傷つき、その傷が癒えると同時に強くなる。かつて、私にそう言ってくれた人がいた。今のこの後悔が、いつか大切なものに変わるだろうか。してみせるとまだ言えない自分が情けないが、いつか悲しまなくなる日が来てほしいと願わずにはいられない。
 あなたは私を立派だと言ってくれる。仲間も、そう言ってくれる。けれど、私にはあなたのほうがよほど立派に思える。何があったかは聞かないが、過去と向き合い、私を導くような言葉をくれるあなたがとても尊い人に思うのだ。
 ひとつだけ聞かせてくれないか。答えたくないなら答えなくていい。今、あなたは生きているのだろうか?


 ごきげんよう、名も知らぬ人。自由になる紙が手元になかったので、これで失礼します。読みにくいだろうけれど、許して。読み終わったら、あなたの自由にしていいから。
 問いの答えだけど、そうね、生きていると言っておくわ。だから、こんなに偉そうなことをあなたに書けるのよ。あなたと同じように私も後悔したし自分への怒りにふるえた。今はだいぶ落ち着いたわ。これからのことはまったくわからないけれど、ほんの少しでも罪を滅ぼせたらいいと思う。あと、私は絶対に、尊い人間なんかではないわ。
 ごめんなさい、今回は短く済ますわね。


 名も知らぬ人よ。こんなに上質な布、紙よりも入手しづらいのではないか? 事情は聞かないが、私よりもあなたが持つべきだと思うので、この紙を包むのに使わせてもらう。
 返事ありがとう。正直、ほっとしている。あなたを偉そうだと感じたことはないさ。そうだな、私と同じ地面に立って、私よりも遠くのものが見える目を持っていると感じさせるな。今の私は、半死半生といったところかもしれない。死の川に浸かっているこの半身を、どうにか起き上がらせたい。あなたと同じように、私も生きたい。
 尊いか尊くないかについてだが、僕はあなたのことをそう思うのだ。勝手にそう思わせてほしい。事実、私はあなたの言葉にどこか救われている部分がある。そういえば、あなたのその語りかたは、私がかつて敬愛していた人物にどこか似ている。おそらく私は、こうしたことを言ってくれる人が最も敬うべき人だと思ってしまうのだろう。
 まだ新しい世界を思い描けないでいる。友の言葉も敵の言葉も私を惑わし、過去の幻影は甘く私に残酷なことを囁きつづける。大切な選択がまだ残っているのだ。この重大な決断が私の未来をまた変えることになるだろう。放棄してしまえば楽だろうが、もう逃げたくはない。後悔して無駄にしたくない。私の、たった一度の正義のために。
 また手紙をくれないだろうか。無知だったことがあなたの罪ならば、あなたのことを私に知らせることで、罪滅ぼしにならないだろうか。


 ごきげんよう、名も知らぬ人。お返事ありがとう。思いがけないものが返ってきたから驚いたけれど、少し嬉しくなりました。しかも、素敵な模様入りでね。これは引き続き大切にします。今回も手ごろな紙がなかったので、あなたのくれた手紙の余白を使わせてもらうわね。こんなに場所を余らせてくれたことに感謝します。
 あなたが希望しなくても、私が書きたいから返事を書きます。最近気づいたけれど、私はなかなかの寂しがり屋だったみたい。死んでいたころは人と関わることなんかさして意識しなかったけれど、こうしてあなたとやりとりするようになってから、いつも鳩が待ち遠しいの。言葉がまるで洪水のように溢れ出す。あなたが前に言ってくれたように、私もあなたの存在がありがたい。罪が軽くならなくても、私はあなたとお話したい。
 私も、過去にとても尊敬していた人がいたわ。その人に影響されている部分もあるの。私の尊敬していた人もまた、生きながらにして死んでしまった人になってしまった。けれど、私の言葉にその人の面影があるのなら、やっぱり失望しながらもまだ思いが残っていたのね。私は私の最良の言葉を選んでいるつもりだから。そう考えると、私たち、似たもの同士かもしれない。
 選択を無駄にしたくないというあなたの言葉。いつも胸に留めてほしい。私も、これからもずっとそうでありたいと願うから。大切なものを失うって本当に辛いのね。今まで救う手だてはたくさんあったのに、それらを私は気づかぬまますべてを無視してしまった。これからは自分にできる最良のことがしたい。改めて、そう願ったわ。
 お互い、死ぬ間際の自分に感謝されるような現在を生きましょう。


 名も知らぬ人よ。もちろん、あなたの言葉は、まだ迷いが残っているからきちんと飲み込み切れてはいないが、できる限り胸に刻んでおきたいと思う。きっと、過去も現在も、私を導く言葉は日常にあふれていたのだろう。見つけられなかったものはたくさんあるにちがいない。すべては私の手をすり抜けてしまった。
 前の便りで書いた、尊敬していたという人を、私は自ら死に追いやった。いや、私の大切な人はすでにいなかったのかもしれないが、私がとどめをさしたのだ。私も周囲も、変わってしまったあの人に失望し、憎しみを抱くようになった。諌めることを言えば、自分の命が奪われる。自分可愛さに黙ったことで、より多くの苦しみを招いてしまった。他人の苦しみで自分の安定を買っていたのだ。これが最初の後悔だった。自分で自分の耳をふさいで、無知を気取った。
 ある意味、私はそのとき、あなたの言う新しい世界を築こうとしていたのかもしれない。私がいちばんに声をあげ、同じく不満を持っていた人々が集まり、よってたかってその人を責め立てた。彼は最後まで、元に戻ることなかった。そして、我々は彼を永遠に失った。いや、失ったのではなく自ら捨てた。これが二番目の後悔だ。
 あの人がいなくなれば、きっと良くなる。どうしてそんなに短絡的だったのだろうと思ってしまうのだ。私が、もう少し早くあの人の変化に気づいていて、その芽を摘んでしまえていたら。私が、命を賭して、まだ後戻りのできるときに進言をしていたら。いくつもの選ばなかった道が私を苛んだ。あの人がいなくなることを最良だと思えなかった。理想など、現実の一かけらの価値もないように思えた。
 仲間は私に感謝をするが、自分が誇らしいと思ったことは一度もない。たとえこの意識が、仲間にとってはあの人と同じくらいの裏切りだとしても。あの人は悪で、私たちは正義。胸を張ってそう言えたらいいのに。
 夢を見ていたのだと、誰かが私に言った。あの方は自分たちが思うよりもずっと凡人で、私たちは勝手な理想をあの方に押し付け、完全なる幻影を崇めていたのだと。あの人は変化したのではなく、私たちが夢から覚めただけであると。そうすれば、救われると言う人間もいたが、私は同意できなかった。思い出のなかでは、あの方はいつも憧れの存在だったから。
 すまない、また元の話に戻ってしまった。私は、あの人のために、苦しみのない未来を築いていく。それが、私にできる最良のことだ。


 ごきげんよう、名も知らぬ人。何かあったかしら。けれど、話さなくていいわ。私たちの間には必要のないことだもの。
 敬愛していたのなら、その犠牲に意味を与えてほしい。でないと、過去のあなたに嘘をつくことになるわ。それに、私もそうでありたいと思うから。同じような話を繰り返すなら、私も同じようなことを言うわね。あなたが自らの意思でしたことが、真実よ。
 最初、あなたは自分の行いの善悪について悩んでいたと思っていたのだけれど、本当は違ったのね。あなたが悩んでいるのは、あなたが敬い失望した人のこと。行動が正しかったか間違っていたかよりも、相手はこうされるべき相手だったかどうかということに迷いがあった。あなたにしか見えないものがあり、あなたにだけ見えないものがある。誰も相手の全てを知ることはできないのだから、あなたが見えるものがあなたにとっての全てかもしれない。でも、あえて言うわね。多くの人々の意志が、世界の意志なのよ。その勢いにあなたが身を任せたなら、流れるその先まで見守る責任を果たして。
 あなたが作る、苦しみのない未来。敬った人の喪失が必要だった世界。私はそのために祈りましょう。あなたのために、私のために。




 みなから慕われていた王が変わったのは、新しい妃を娶ってからだった。宮廷の主流派貴族からはあまり歓迎されない縁組だった。新しい王妃の実家は新興勢力で、評判の良くない家ばかりをまとめていた。かつての王なら、このような家の者を警戒し、近づけなかったかもしれない。しかし、王には不幸が重なった。
 最愛の妻は謎の自殺を遂げ、世継ぎの王子は乗馬の最中に突然意識を失って鞍から落ちて死に、自分は暗殺の危機にさらされた。それら全てに関わっていたとされる主流派を信用できなくなった王は、新しい妃の家と急に親密になり、あっという間に権勢は逆転した。
 妃とその父は共謀し、王の権力をかさに、敵対勢力であった主流派を次々に葬った。疑心暗鬼に陥った王は、長年の忠実な貴族たちを自らの意志で遠ざけた。民の血税をしぼりとり、贅沢に溺れ、堕落していった。
「前の王妃様が胸を突いたとされる小刀、直前に王子が召し上がった毒薬入りの食事、暗殺計画の内容が記された文書。それらに我々の痕跡があったなら、疑わぬわけにはいかぬだろう。しかも、それはいかにも隠してあるように見せかけ、陛下が偶然発見するように仕向けてあるなら尚更だ」
 巧妙に隠されているようで発見される仕掛けになった証拠の数々は、王を悩ませた。裏を読むかどうかを悩み、ずっと自分に仕えてきた者たちの裏切りと捉えることにした。
「心の揺らいでいる人間は落ちやすい。亡くなった王妃様も王子様も、権力を握るための道具にされたわけだ」
 敵方が証拠を隠滅しようとして残してしまったように見せかけた、新しい王妃の一族の手腕は、ある意味見事なものだった。
「陛下の最初で最後の、最大の愚かな選択は、我が身を滅ぼしましたとさ」
 皮肉げに語りながら記録を読み返す仲間に、男は静かに口を挟んだ。
「あの方からすれば、先に裏切ったのは私たちのほうだったのだろうな。最後の最後で耳を貸さなかったのも」
 仲間は意外そうな顔をし、口を歪ませた。
「そう思いこむ程度の人間だったわけだ。少しでも怪しがれば、こんなことにならなかったろうよ。あなたが王の崇拝者だったことをこの期に及んでとやかく言わないが、今さら擁護はなしだよ、我らが指導者。あなたはあの人に夢を見すぎたんだ」
「わかっている」
 人々の導き手と呼ばれるたびに切なくなり、過ぎた理想であったと言われるたびに苦しくなる。呼吸を整えながら、男は歩きだした。
 革命が起こり、王と王妃、その息子である幼い王子、その一族と派閥の者はことごとく粛清された。新しい時代がやってきたのだった。王政を廃止し、新たな国づくりが始まった。だが、まだ前時代の遺物は山積みだった。
「今日もまた王女様の処遇決めかね」
「ああ」
 王と前王妃の間には、落馬で死んだ王子の他に、一人の王女があった。体は弱く、まだ年端もいかなかった彼女は、継母によって東の離宮に幽閉され、実の父である王からも見捨てられた。十年近くの時間を、世間から一切遮断された箱庭で過ごしたのだった。もちろん、王と王妃の悪行とも関わりはなかった。それどころか、腹違いの弟が生まれたことすら知らなかったのである。
「彼女に罪はあるのか。彼女は十年間、外の世界に触れることはできなかった。今と同じように、幽閉された身だったのだぞ」
「姫様が悪政に加わってなくとも関係ない。問題は、王家の血を絶やすかどうかなのだ」
 王への憎しみは深かった。人口は七割に落ち込み、他国からの略奪もあり国力は疲弊した。元凶となった王妃の血を引く、末の王子はそのまま殺されたが、良き時代の忘れ形見のような王女に対する同情は少なくなく、悪しき王の娘の処遇は意見が割れていた。
「新しい時代の幕開けなんだよ。旧時代のものは徹底的に排除すべきだ」
「それを言ったら、我々貴族も昔の遺物でしかないはずだ。誰か、平民と同じ地位でいられる者はいるか? いないだろう。身分ある限り、第二の先王が生まれるさ」
「王女を生かしておいたら、どうなる。いるかもしれない残党に復讐心を植え付けられたら」
「民が受け入れるものか。王の死を知って、誰よりも喜んだやつらが。たとえ王女が我が身の窮状を訴えても、話を聞いてやる人間がいるとは思えないがな」
「王との関係は完全に破たんしていた。十年、十年だぞ。自分の継母の名前もろくに知らない状態に置かれていた」
「自分の親の行いを何も知らないからこそ、自分こそが不幸だと思い、我らへの報復を考えるのではないか」
 円卓に座った革命家たちは、それぞれの意見をぶつけ合った。共通した大きな目標のためにまとまった連中だ。達成したならば、それ以上集う理由もなくなってしまう。まとめるためには、常に共通する目的がなければならない。
 上座でその様子を見つめていた男は、この烏合の衆をまとめることに頭を悩ませていた。王女を殺すべきか生かすべきか。どちらにしろ、亀裂が生じる。どのように全体を誘導すべきか。
 王女の身柄は、依然として離宮に置かれたまま保留となっていた。しかし離宮は、本来は城砦として建てられたもので、いつまでも王女の居場所としておくなど今後のためにはならなかった。国内が乱れている今だからこそ、他国に狙われやすい。今まで見捨てられた場所だったとしても、きちんと元の機能を果たすようにしなければならなかった。
 とりあえず、王女を監獄へ移送することで、その日の話し合いは終わってしまった。何も解決しないと皆は思うが、それ以上は口にしなかった。しかし、自分たちの頭とも言うべき男が王女の移送に立ち会うには不満が漏れた。そこまでする価値はない、と。男はそれを適当な言葉でまるめこんでかわし、離宮へ向かった。
 訪れる人もなく半分忘れ去られていた離宮の周りは荒れ放題で、まさに流刑地のようであった。運び込まれる食事も衣服も微々たるもので、王は本当に最低限の施ししか娘には与えなかったようだ。
「もし、あの方が正気のままだったら、この国でいちばん愛情をそそがれて成長する少女であったろうに」
 彼女が自由に過ごせる空間は、そう広くない離宮の一角だけだったらしい。王家の血をひく者の住まいとは思えぬほど小さな部屋に、王女はいた。男が記憶していた、どちらかというと母親に似た、幸せだった日々の女児がそのまま成長したかのような姿だった。だから、顔を見たとたんすぐに分かった。
「私はどこへ行けばよろしいのですか?」
「西の……都の監獄へ」
 王女は顔色ひとつ変えず、微笑して了承した。自分の立場をわかっているのかわかっていないのか。いつ殺されてもおかしくないのに、のんびりした様子だった。まとめるほどの荷も持たぬ王女は、そのまま表につけられた馬車までおとなしく歩いて行った。
 男や王女らが外に出たとき、ふと羽音が気になった。上を見やれば、鳥が一羽弧を描き、飛んでいた。あれも鳩か。そういえば、忙しくてあの返事を書き忘れていた。鳩は、しばらく旋回していたが、不意に方向を変え、夕日に向かって飛んで行ってしまった。
 男が足を止めたまま、その様子を目で追っていたが我に返り、再び歩きだそうと向き直った。すると、王女も同じように行ってしまった鳥を見つめていた。彼女も、自分が男と同じことをしていたのに気づいたのだろう、声をかけてきた。
「鳩が気になりましたか」
 男は困惑したが、正直に答えた。わずかに声が震えているのが、自分でもよくわかった。
「好きなんですよ。いつも、いつだって、優しい便りを届けてくれますから」
「偶然ですね。私も鳩が大好きなのです」
 空を飛べる鳥は、囚われの身が続いた彼女にとっては憧れだったのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、彼女は微かに笑んでみせた。
「同じ理由で」
 思いもよらない付け足しに、男は思わず彼女の顔を見てしまった。あのときからずっと変わらない可憐な女性。しかし、彼女は彼と目を合わせることなく、不敵とさえ思えるその表情で、堂々と荒れた土の道を進んでいった。


 王女の移送は、表向きは静かに密やかに終わった。見張りは信頼のおける人間に任せたし、あとは彼女を今後どう扱うかだった。
 頭痛に顔をしかめながら執務室の扉を開けると、鳩が一羽、窓から入ってきた。
「やあ、お前か。悪いな、今は預けるものはないんだ」
 首を傾け、鳩は飛んでは男の肩や頭に降りた。その足に、手紙はついていなかった。









2010/03/30
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