白砂糖姫



 昔、ある国にとても美しい姫がおりました。彼女はとても愛らしいのですが、ただ一つ、とても大きな欠点がありました。それは、彼女が大の甘党ということです。特に白砂糖を好み、政界から農家にまで口を出すことから、『白砂糖姫』と呼ばれておりました。
 白砂糖姫は、甘いもののこととなると我がままになり、国中が辟易していました。特に継母が一番の被害者です。
「ちょっと、お義母さま! 昨日のデザート、砂糖が規定よりも五十グラムも少なかったじゃない!」
「そんなことをいっても、食事に関しては私の権限はありませんよ」
「黙らっしゃい! あんた、国王夫人でしょ! いわば『国の母』! 主婦の鑑となるべきなのよ!」
 白砂糖姫は、何よりも甘いものを重んじたため、お菓子作りの出来る人間こそが素晴らしいと考えていました。料理のできる主婦を優遇させる法律を作り、コンテストを開いては1番の腕前の持ち主に勲章を与えていました。もちろん、栄冠を手にした者は姫に料理を献上するのです。
 姫に扇を投げつけられた継母は、ため息をつきました。
「姫、もっと自分以外のことも見なさい。国民は、あなたの食べ物のためにいるのではありませんよ」
「お義母さまこそ目をさましなさい! 世の中、砂糖の喜びを知らずに辛いものに走っている人間がまだまだいるわ! 私は彼らを救うためにいるの! たとえば、あなたみたいなね!」
 姫が継母を嫌う理由は、継母が辛党だったからです。継母が嫁いで、料理に辛いものが含まれるようになってから、姫はますます苛立つようになりました。
「じゃあ、せめて国一番の職人の店で新作のケーキ買ってきなさいよ。それなら許してあげてもよろしくってよ」
「予約でいっぱいなのよ。わがままで試作品をご馳走になったのだから、他の人にお譲りなさい」
 姫は血相を変えました。
「なんてこと! どうして私よりも庶民のほうを優先させるの! どっちが正しいのかなんて一目瞭然じゃない!」
「だからこそ、私は正規の方法で予約いたしました。四ヶ月待ちですって」
「信じらんない!」
 姫はハンカチをかみました。あまりの悔しさに、引きちぎられていきます。
「馬鹿じゃない? もっと砂糖を摂取しなさい。辛いものばかり食べているからそんなに頭の回転が悪いのよ!」
 そう言いながら走り去る姫に、継母は何も言えず自室へと帰っていきました。継母は困ったことがあると、実家に代々伝わる鏡に相談する癖がありました。この鏡は、人語を解するのです。
「どうしましょう。あんな甘いもの、飲み物なしでとても飲み込めないわ」
「あんなガキ、放っておきなさい」
「そうもいかないわ、私は継母だもの。それにしても何かあったの?」
 いつもよりも穏やかでない鏡の調子に、継母は怪訝な顔つきで覗き込みました。心なしか、表面が若干曇っているようです。
「この間、いきなりやってきて、ケーキを食べるように脅されたんだ。鏡が食べられるわけないのにそんなこともわからんやつだ」
「ごめんなさいね、甘いものは頭の回転を良くするって、信仰めいたものを感じているのよ」
 鏡は、ほんの少しだけ沈黙しました。
「それは、私の頭の回転が悪いってことか?」
「そこまでは言っていないでしょう。ああ、いっそのこと辺境にやって酷使させてやりたいわ。そうすれば、嫌なことを強要される者の気持ちが解るでしょうに」
 継母がそれを実行出来ないのは、砂糖よりも甘い父親の親ばかに原因がありました。へたに追い出すと、こちらが悪者です。それは避けたいところでした。
「自分が出て行きゃ、王だって文句言わないだろう。何でもガキの言うがままなんだから」
「……こんな美味しい地位を捨てて、出て行くかしら」
 姫は、国のどこよりも美味しいスイーツを食べられるこのお城を愛しています。何もしなくても、毎日のように運ばれるのですから。ちょっとやそっとのことでは出て行くはずがありません。
 この晩、継母の寝つきはとても悪かったと伝えられています。そして、その翌日、姫の我が侭はまた起こりました。
「最近、砂糖の生産高が落ちてるわよ!」
「今年は天候が悪くて農家も困っているのです。多少は大目に見なさいな」
「いーやーだー!」
 姫は地団太を踏みました。
「この生産見込みの数量じゃ、今度のお菓子祭りがしょぼいじゃない!」
 この国では、姫の発案で年に一度お菓子祭りが行われます。国中の砂糖の80%は、この祭典で消えます。
「今すぐ他の畑をつぶして砂糖の確保をするように大臣に伝えて! この際、黒砂糖でもいいわ!」
「お待ちなさい! いっぱい食べたのだから、来年はいいじゃない」
「ダメ! あと八ヶ月もあるのだから、時間をかけて作れるでしょう?」
 四ヶ月前に行われたことは忘却のかなた、もう次の祭りに心を輝かせていました。しかし、砂糖の備蓄もほとんどなく、毎回の祭ほど盛大には行われないことは目に見えています。
「もう、いいわよ! 私が直々に農家に赴いてやるわ! ああ、従者は結構。お義母さまに言い含められて唐辛子畑に替えられそうだものね!」
 継母が止めること暇もなく、乱暴に扉は閉められていました。継母は、これを期に姫が人生経験をつむことをひそかに期待しました。
 しかし、心配なので一応従者に様子を見に行かせることにしました。姫はというと、そんなこととは露知らず、どすどすと足音を立てて森を闊歩してました。
「まったく、ここはどこよ。砂糖のかけらもないじゃない」
 ここは、王国の領地にありつつ小人たちが暮らす、人間にとっては不可侵の場所でした。人っ子一人いません。それなのに、どこからか甘い匂いが漂ってくるのです。
「あら、いいにおい。砂糖ね。まあ、あんなところに都合よく小屋が」
 湖の畔に小屋があるのを目ざとく見つけた姫は、小屋の程度を値踏みしました。
「なんだ、森の中の小屋っていったらお菓子の家がセオリーでしょう! 湖の水も蜂蜜じゃないし! どうなっているのよ」
 とはいいつつ、小屋の中から甘い匂い。扉を開けようとしましたが、当然のように鍵がかかっています。
「ふんぬぅ!」
 姫は鍵を捻じ曲げて無理やり突破しました。糖分の摂りすぎで、普段から体力は有り余っています。きょろきょろと部屋中を見渡すと、戸棚の中に巨大なケーキがありました。
「きゃあきゃあ! こんな素晴らしいケーキ初めて! きっと、次のコンテスト用ね」
 ちなみに、コンテストは半年に一回です。毎日やりたいのを、毎回審査員に加わる継母が倒れてしまうので無理やり変更させられました。
「さあ、味見味見!」
 フォークを持つ暇も惜しく、白砂糖姫は手づかみで食べ始めました。今までに食べたこともない、不思議な味です。
「おっいしい〜。最高! 今すぐ国が滅びても許しちゃう! 勲章をあげなければ!」
 その時、家主である小人たちが帰ってきました。小人たちは、家のど真ん中でケーキを平らげる姫にとても驚きました。
「ぎゃああああああああ! あんた、誰さ!」
「私を知らないとは、非国民ね! 白砂糖姫よ! ケーキ、美味しかったわ」
 クリームまみれの手で握手をしようとする姫を、別の小人が押し留めました。
「あの、それは僕たちのです」
「やあね、この国のスイーツは全部私のものよ」
 姫がその小人を叩くと、服にクリームがたっぷりとつきました。
「僕たちは小人です。正確に言うと、王国の民ではありません」
「ばかね。ここは一応わたくしの領地のど真ん中よ。というわけで、献上しなさい」
 小人たちがお菓子作りの名人と知ると、姫はここに居座ることを決めました。それを影から見つめていた従者は、継母に報告しました。継母は、実の娘ではないとはいえ、あまりの情けなさに涙が出ました。
「小人といえば、初代国王の時代から今まで良い関係が続いているのに……。関係が壊れてしまったら……」
「いっそのこと殺しましょう」
 鏡が言いました。
「ダメよ! 一応、この国を継ぐのはあの子よ?」
「なら魔法をかけようではないか。あの子を心のそこから愛するものに出会えた時に解ける魔法を。
 そうすりゃ、あいつも変わるだろう。愛は人を変えるものさ」
「……でも、この国に、あの子を心のそこから愛してくれる人って他にいる?」
 あまりの甘党ぶりに、国民は疲れていました。
「じゃあ、眠る魔法だ。黙っていれば見た目にだまされる人間は1人くらいいるだろう」
「そうね……」
 継母は、さっそくケーキを買ってきて魔法をかけました。
 それを従者が森の小屋に運ぶと、これ以上ない濃密な甘い匂いが漂ってきました。
 覗くと、たくさんの空き皿が重なっていました。
「もうないの?」
「すみませんね、姫さん。でも、食べすぎじゃ……」
「大丈夫、大丈夫。修行で栄養は消費しているから! 早く次のよこして」
 小人たちの危機を感じた従者は、急いでノックをしました。
「お客様……」
「私のケーキが先でしょ?」
「次のが焼きあがるまで時間がかかります」
「なら行ってらっしゃい。早くね」
 小人の一人がドアを開けると、青い顔をして大荷物を抱えた従者にびっくりしてしまいました。
「あ、あの、どなたでしょうか」
「白砂糖姫にお届けものです。甘いものといえば喜んで受け取ってくださるでしょう」
 小人たちは、姫に劣らず目を輝かせました。
「ちょ、ちょっと寄越しなさいよ!」
 感動が冷める前に、白砂糖姫に押しのけられてはしまいましたが、しばらくはゆっくりできそうです。
「きゃあ! これは国一番の職人の店の箱じゃない!」
 開けると、美しいお菓子が山ほど詰め込まれていました。姫は急いで手をつけました。その勢いは、小人たちの休養がなくなると心配するほどでした。
「姫……もう少し落ち着いて」
「いやよ!」
 その時、急激な眠気が襲いました。しかし、まだまだお菓子はあります。体がぐらついて床に倒れこんでしまいました。縫い付けられたように足が上がらなくなり、その分腕を伸ばしてケーキを食べ続けました。
「倒れるわけにはいかない……」
 姫は必死に腕を動かして、また1つケーキを口に入れました。口もなかなか動いてくれません。
「残すなんて、出来ない。そんな残酷なこと、私には」
 涙が浮かんできました。少しだけ世界が滲み、ケーキの箱がゆがんで見えました。それでも、白砂糖姫はケーキを食べる手を休めませんでした。自分が食べずに倒れてしまったら、このケーキたちはどうなるのだろうか。そう考えると、眠るわけにはいきませんでした。
「あと……五つ」
「ひ、姫様!」
 あまりの様子に、従者が心配して駆け寄ります。
「もう、お眠りください。ケーキは私どもがお預かりいたします」
「そんな勿体ないわ。生ものは、早めに……」
 姫は必死の形相でケーキを食べました。こくりこくりと、頭が舟をこぐように下がります。
「姫!」
「まだ一個残っているでしょう!」
 姫の渾身の右ストレートに、従者は従者で眠りについてしまいました。姫は震える手で間食すると、腕が床に落ちました。そして、そのまま眠りにつきました。その顔は、やり遂げたような満足しきった顔でした。
 しかし、小人たちは困りました。これから先、どうすればいいのでしょう。まずは従者を起こすことにしました。従者は時間をかけてゆっくりと起き上がりました。
「とりあえず、一休みしましょう。姫は当分起きません」
 小人たちは、オーブンから取り出したケーキを切り分けて、皆でお茶会をしまいした。
 すると、馬の嘶きが聞こえました。どんどん近づいてきます。やがて馬は小屋の近くで止まり、騎乗していた人物が優雅に地へと降りました。身なりからして身分が高そうです。
「あなたは……」
「私は、隣の国の王子です。旅をしていたのですが森で迷ってしまいました」
 王子は、白砂糖姫に気づきました。瞳を閉じて眠っている姫には、完璧な美がありました。
「これはなんと美しい。このお方はなんという名ですか」
「本名は忘れましたが、白砂糖姫とは呼ばれてします」
 白砂糖姫、と王子は呟きました。姫の肌はとても白く、それが白砂糖のように見えました。
「眠っているのだろうか」
 王子が顔を覗き込むと、姫は顔をこれ以上ないくらいに歪めました。
「くさっ!」
 姫は飛び上がり、小人の一人を楯に逃げました。そして、王子をにらみつけます。
「なんなの、あなた。唐辛子の臭いをぷんぷんさせて!」
「私は隣の国の王子、プリンス・唐辛子と呼ばれるものです。驚かせてすみません、私は唐辛子が大好物でして」
 姫は悲鳴を上げました。甘いものは好きですが、辛いものは地獄のように嫌いです。
「あんな、ものを……」
「姫、私と一緒に国へ行ってください。あなたを后にしたい」
 姫はしばらく黙っていましたが、重く口を開きました。
「あなた、バケツプリンは食べられる?」
 王子は首を横に振りました。
「金魚鉢のパフェは?」
 王子は首を横に振りました。
「ケーキバイキングは二周くらいいけるでしょう?」
 王子は首を横に振りました。
「わが国では、砂糖を使う習慣がまったくありません。唐辛子一筋の文化です。なので、プリンス・唐辛子というのは大変名誉なことなのです」
 姫はわなわなと唇を震わせました。こんな国がこの世にあるとは思いもよらないことでした。それと同時に、甘いものを毎日たくさん食べられる自国が急に愛おしくなりました。
 自分はなんと恵まれているのだろう。姫はほろほろと涙を流しました。初めて感じた幸せでした。
「でも、胸が悪くなったわ、誰かさんのせいで! さて、城でお口直ししなくちゃ」
 姫は喜び勇んで城に帰りました。そして、継母と少しだけ仲良くなり、我が侭もなくなりました。ただ、甘い物好きはいつまでも変わらず、後世でも『白砂糖姫』と呼ばれています。





2005/11/10
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